私をわかって、という願望
嫌な出来事を頭の中で反芻してしまうのは、「私の気持ちをわかって」という私から私への切なるお願いかもしれませんね。
「こんなことされて辛かったの」
「理不尽に意地悪をされた」
「私は何も悪くない。悪いのはあの人」
「あの人の性格の悪さをみんなに知らしめたい」
「あの人が周囲の人にチヤホヤされているのが許せない」
「私に意地悪をしたのだから罰を受けてほしい」
「あの人が笑って楽しそうに過ごしているなんて許せない」
そんな私の思いを、私自身に受け止めて欲しくて、嫌だった出来事を反芻することで自分自身に訴えかけているのかもしれません。
次からは、私のネガティブな感情を私自身がちゃんと受け止めてあげるようにしよう。
「そうだよね。辛かったね。悲しかったね」
「大丈夫。いつも私が寄り添っているよ」
「私はいつでもあなたの味方」
「ネガティブな感情をいつでも吐き出してね」
「あなたのどんな感情も私が受け止めるよ」
「意地悪をされてもあなたの価値は何ひとつ変わらないよ」
「あなたは、可愛い可愛いお姫様だよ」
「あなたは、そのままでありのままで素晴らしい存在だよ」
「誰にもあなたの輝きを曇らせることはできない」
「あなたの魅力を隠さないでね」
「あなたがあなたらしく光の存在でいることが、周囲を癒し勇気づけるよ」
こんな風に自分に声をかけてあげよう。
私が私を受け止めて愛の言葉をたくさん送ろう。
私は私に愛されることを1番に願っていると思うから。
今日という1日をしっかりと自分を愛して過ごそう。
自分にコントロールできることに集中する
気がつくと自分にはどうしようもないことに心と頭を奪われていることがあります。
しかもそのほとんどがネガティブなこと。
嫌な出来事を何度も思い返したり、ネガティブな方向に想像を広げたり。
これは思考の仕方の癖なのか。
そうだったら、変えていける。
仕事のこと、人間関係のこと、今考えてもどうしょうもないことを何度も何度も考えている。
そのことを考えることが必要になったら考えればいいのに。
仕事のことは仕事中に。
人間関係のことは、その人に対して具体的なアクションを起こそうとしているときに。
そして、その代わりにホッとできること、楽しい気分になることを考えよう。
そうすることが難しくてどうしてもネガティブになってしまう時は、無理矢理ポジティブに持っていくのではなく、ネガティブな自分をそのまま丸ごと抱きしめよう。
「そうだよね。辛かったね。悲しかったね。不安だったね。」
って、ネガティブに寄り添ってあげよう。
そうすることで、きっとホッとできるし、ホッとすることエネルギーがポジティブな方に流れ出すから。
自分にはどうしようもないことにエネルギーを使うのではなく、自分に変えていけることにエネルギーを使おう。
ジワジワコツコツとエネルギーの使い方を変えていこう。
自由に軽やかに楽しく
ここ数年来の私のテーマは、「アウトプット」。
日記を書いたり、家族に話したり、という閉じられた中でのアウトプットはしていたけれど、もっと多くの人に向けて発信したい、そう思いながら中々行動に移せないでいました。
けれど、今日、思い切ってHatenaBlogのアカウントを取得し、アウトプットをスタートします。
アウトプットの形はいろいろあるけれど、今の私には文章で表現するのが一番しっくりきそうです。
目標は、途切れ途切れであっても続けること。
続けることで見えてくるものがあると思うから。
身の回りで起こった出来事、読んだ本のこと、私の考え。
ブログに特定のテーマは設定せずに、書きたいことを自由に書いて楽しみたいと思います。